大阪地方裁判所 昭和45年(行ウ)23号 判決 1974年7月30日
原告 株式会社渡部建築設計事務所
被告 北税務署長
訴訟代理人 陶山博生 外四名
主文
一 被告が原告に対し昭和四三年一〇月二三日付でした、昭和四一年四月一日から昭和四二年三月三一日までの事業年度以降の青色申告書提出承認の取消処分(以下本件取消処分という)を取消す。
二 被告が原告に対し、昭和四三年一一月四日付でした(1)、昭和四一年四月一日から昭和四二年三月三一日までの事業年度(以下第一八期という)分法人税の所得金額を金一、一八五、八〇〇円とする更正処分のうち金五一五、四七六円を超える部分、および重加算税を金五〇、四〇〇円とする賦課決定処分、ならびに(2)、昭和四二年四月一日から昭和四三年三月三一日までの事業年度(以下第一九期という)分法人税の所得金額を金四、五七六、五四七円とする更正処分のうち金三二七、三一一円を超える部分、および過少申告加算税を金七〇、九〇〇円とする賦課決定処分をいずれも取消す(ただし右各処分の金額は、いずれも裁決により減額された後のものである)。
三 原告のその余の請求につき訴を却下する。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 主文第一、第二項と同旨。
2 被告が原告に対し、昭和四三年一二月二三日付でした原告の本件取消処分についての異議申立を却下した決定を取消す。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
(本案前)
1 原告の本訴請求中、本件取消処分の取消を求める部分につき訴を却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(本案)
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、主として建築の計画設計などを業とする株式会社であり、青色申告書提出承認を受けていたものであるが、申告期限内に被告に対し、第一八期分法人税の所得金額を金五一五、四七六円とし、第一九期分法人税の所得金額を金三二七、三一一円として、それぞれ青色申告書により確定申告をしたところ、被告は原告に対し、昭和四三年一〇月二三日付で本件取消処分をし、かつ同年一一月四日付で、(1)、第一八期分の法人税の所得金額を金二、一八五、八〇〇円とする更正処分、および重加算税を金一三四、四〇〇円とする賦課決定処分、ならびに(2)、第一九期分法人税の所得金額を金五、一五六、六三五円とする更正処分および過少申告加算税を金八二、五〇〇円とする賦課決定処分(以下これらを一括して、本件各更正処分等という)をした。
原告は、被告の右各処分につき昭和四三年一一月三〇日、異議申立をしたが同年一二月二三日付で、本件取消処分については却下され(以下これを本件却下決定という)、本件各更正処分等については、いずれも棄却されたので、大阪国税局長に対し審査請求をしたところ、本件取消処分については却下し、その余の処分については、原処分の一部を取消し、第一八期分法人税の所得金額を金一、一八五、八〇〇円、重加算税を金五〇、四〇〇円とし、第一九期分法人税の所得金額を金四、五七六、五四七円、過少申告加算税を金七〇、九〇〇円とする旨の裁決がなされた。
2 しかしながら被告のした本件取消処分、本件却下決定および本件各更正処分等には次のような違法がある。
(一) 本件取消処分の違法
青色申告承認取消処分の通知書には、取消の基因となつた具体的事実の附記を要するところ、本件取消処分の通知書には、その理由として「法人税法第一二七条第一項第三号に掲げる事実に該当すること」と記載されているだけであるから、本件取消処分には理由不備の違法がある。また、原告には、同号に該当する事由がなく、仮に、何らかの事由があつたとしても未だ青色申告の承認を取消さねばならないほどの事由ではないから、本件取消処分はこの点からも違法である。
(二) 本件却下決定の違法
本件却下決定の理由は、本件取消処分に対する異議申立が、昭和四三年一一月二四日までにされなければならないのに、同月三〇日になされているので期間徒過の違法があるというのである。しかしながら、異議申立が遅れたことについては次のような事情があつた。
原告は、同年一〇月二四日、本件取消処分の通知書を受領したが、これには前記のような理由不備の違法があり、異議の申立のしようがなかつた。そこで原告代表者は、被告の担当係官に本件取消処分の理由を尋ねたところ、これに対する異議申立は後になされる本件各更正処分等の内容を検討してこれらに対する異議申立と一緒にするように指示されたので、同年一一月五日送達された本件更正処分等の通知書(これにも理由付記がなされていなかつた)を検討したうえ、同月三〇日これらの処分の全部につき異議申立をしたのである。
したがつて、原告が本件取消処分について、一応の理由らしきものを推測しえたのは、同月五日なのであるから、この時点から起算すればこれに対する異議申立は法定期間内になされたというべきであるし、仮にそうでないとしても、右のような事情のもとでは、国税通則法七六条三項(昭四五法八号による改正前のもの。以下同じ。)に規定する「期間内に異議申立できなかつたことについて、やむを得ない理由があると認められるとき」に該当するというべきである。そうすると本件取消処分についての異議申立は違法であるから、これを却下した本件却下決定は違法である。
(三) 本件各更正処分等の違法
(1) 本件取消処分が前記の理由不備の違法により取消されると、原告は青色申告書提出承認を受けていたことになるから、本件各更正処分等の通知書には更正の理由が附記されなければならないが、これは全くなされていない。したがつて、本件各更正処分には理由不備の違法がある。
(2) また原告の第一八、第一九期分法人税の所得金額は、確定申告のとおりであるから、本件各更正処分には原告の所得を過大に認定した実体上の違法がある。
(3) 右のとおり本件各更正処分は違法であるから、これにそれぞれ付随してなされた本件重加算税賦課決定処分および過少申告加算税賦課決定処分も違法である。
3 よつて、本件取消処分および本件却下決定の各取消、ならびに本件各更正処分につき、いずれも確定申告所得金額を超える部分についての各取消、およびこれらに附随してなされた本件重加算税賦課決定処分、本件過少申告加算税賦課決定処分の各取消を求める。
二 請求原因に対する被告の答弁
1 請求原因1の事実を認める。
2(一) 同2(一)につき、本件取消処分の通知書の理由の記載内容が原告主張のとおりであることは認め、その余の主張を争う。
(二) 同2(二)につき、本件却下決定の理由および原告が本件取消処分の通知書を受領した日付が原告主張のとおりであることを認め、その余の主張を争う。
(三) 同2(三)の主張を争う。
三 被告の主張
(本案前)
原告が本件取消処分を知つたのは、昭和四三年一〇月二四日であり、これに対する異議申立をしたのは、国税通則法七六条一項に定める異議申立期間経過後の同年一一月三〇日である。しかも原告が不服申立期間内に異議申立をしなかつたことについてやむをえない理由があるとは認められない。したがつて原告の本訴請求中、本件取消処分の取消を求める部分は、違法な不服申立を経ないで提起されたものであるから却下されるべきである。
(本案)
1 原告の第一八・第一九期分法人税の各所得金額は、別表のとおりであり、同表<2><イ>は、国税の課税標準の基礎となるべき事実の隠ぺい又は仮装行為に該当するから、本件各更正処分およびこれにそれぞれ附随してなされた本件重加算税賦課決定処分および過少申告加算税賦課決定処分はいずれも適法である。
2 別表<2>、<ロ>、<ハ>の各金額は、各設計監理報酬総額の七五パーセントにあたり、これらを第一九期の益金に加算すべき理由は次のとおりである。
原告は、大阪ガス株式会社との間で、同社が建築する同社塚口第二独身寮および西島第七社宅に関し、原告がその設計および監理を行い、同社がその報酬を支払う旨の契約をした。一般に、設計とは、設計図書を作成することであり、監理とは、適正な工事契約の締結に協力し、建築家の設計意図を実現させ、工事の施行が契約に合致するよう、公正な立場に立つて工事施行者を指導することであつて、両者は明瞭に区分できるうえ、実施設計の完了に至るまでの費用は、その完了後に発生することは殆んど考えられず、しかも日本建築家協会制定の「建築家の義務及び報酬規程」によれば、実施設計が完了したとき、報酬総額の七五パーセントを請求できると定められているのであるから、発生主義の原則から、実施設計が完了して設計図書を依頼者に引渡したときに、報酬総額の七五パーセント相当額の収益が発生することになる。原告は、塚口第二独身寮につき昭和四二年一〇月、西島第七社宅分につき同年九月各設計図書を完成させ、これを同社に引渡しているのであり、これを右の基準に照すと、第一九期において同社に対し、報酬総額の七五パーセントの報酬請求権が実現したというべきであるから、これらは第一九期の益金として計上されなければならない。
四 被告の主張に対する原告の答弁
(本案前)
本件取消処分に対する異議申立が適法になされたと解すべきことは請求原因2、(二)に主張したとおりである。
(本案)
1 被告の主張1を争う。
2 同2を争う。
原告は、従来から、設計監理業務のほとんどが終了し、依頼者に対して報酬請求書を発送した時点において、設計料を未収利益として計上してきた。本件で問題となつている大阪ガス株式会社に対する設計料相当額合計金四、八六六、一〇〇円も、昭和四二年九月の各設計図書引渡時には未収利益として第一九期の益金に計上しなかつたが、同社に対して請求書を発送した昭和四三年五月に、第二〇期の益金として計上した。原告のこのような会計処理は、法人税法二二条四項に規定されている「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従つた計算」というべきである。又仮に、被告主張の会計処理が妥当であるとしても、一般に法人が継続して適用する会計処理で、それを適用することに相当の理由があると認められる場合には、課税上さしたる弊害がないと認められる限り、当該法人の所得の金額の計算上もその会計処理をできるだけ認めるように取扱われているから(昭和四二年直法一―二七八参照)、本件の場合にも、これに該当するものとして、原告の会計処理が認められるべきである。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因1の事実(本件各処分等の経緯)は当事者間に争いがない。
二 被告の本案前の主張について。
1 当事者間に争いのない事実に、成立に争いのない甲第二ないし第四号証、第五号証の一、二、乙第八ないし第一〇号証、証人松田重男の証言および原告代表者本人尋問の結果を総合すると、本件取消処分に対する異議申立に至るまでの経緯は次のとおりであり、右認定部分に反する甲第五号証の一、二、乙第八号証の各記載内容の一部および原告代表者本人尋問の結果の一部は、証人松田重男の証言に照して直ちにこれを採用するわけにはいかない。
被告は原告に対し、昭和四三年一〇月二三日付で、本件取消処分をし、この通知書は同月二四日原告に到達した。しかしながら右通知書には、その理由として「法人税法第一二七条第一項第三号に掲げる事実に該当すること。」と記載されているだけで、取消の基因となつた具体的事実の附記が全くなされていなかつたので、原告代表者は、被告担当係員に本件取消処分の理由を尋ねたところ、本件取消処分は、後になされる本件各更正処分等の前提としてなされたのであり、本件各更正処分等の通知書を見れば、本件取消処分の理由もわかる。本件各更正処分等については、その通知書が届いてから一か月以内に異議申立をしたらよいと教示された。原告代表者はこれを本件取消処分に対する異議申立も、本件各更正処分等の不服申立期間内に、これらに対する異議申立と一括してすればよいと理解し、同年一一月五日送達された本件各更正処分等の通知書(これにも理由附記がなされていなかつた)を検討したうえ、同月三〇日、これらの処分の全部につき一括して異議申立をした。
2 ところで法人税法一二七条二項後段において、青色申告承認取消処分に理由附記を要求する趣旨は、同処分が、右の承認を得た法人に認められる納税上の種々の特典を剥奪する不利益処分であることに鑑み、取消事由の有無についての処分庁の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに、取消の理由を処分の相手方に知らせることによつて、その不服申立に便宜を与えるためであるから、特に同条一項三号に該当する事実が存在するものとして取消処分がなされるときは、処分の通知書に、これに該当する事実を処分の相手方が知りうる程度に特定して摘示しなければならない。
又、一般に同条一項三号に該当する事実が存在するものとして、青色申告承認取消処分がなされるときは、同時に又はこれに遅れて、当該事業年度につき更正処分およびこれに附随する重加算税又は過少申告加算税賦課決定処分のなされるのが通例である。そして、青色申告承認取消処分がなされ、その後に更正処分がなされた場合には、両者は処分としては別個であるから、不服申立期間は各別に進行する。
ところが、青色申告承認取消処分の通知書に理由不備の違法があつて、処分の相手方が取消の具体的理由を知りえないような場合には、同人は不服申立の争点を特定できないため、後になされる更正処分をまつて取消の理由をわずかに推知し、取消処分と更正処分とを一括してこれに対する不服申立の方策を考えようとするのが自然のなりゆきであろう。なぜなら、両処分の理由となつた事実関係は重要な部分で一致しているはずであり、両処分は相互に関連してなされるものだからである。そしてとくに本件においては、原告が被告の担当係官に取消処分の理由を尋ねたのに対し、右係官は後になされるべき更正処分とそれに対する不服申立方法を教えただけで、取消処分の理由やそれに対する不服申立方法を別個に区別して教示することまではしなかつたことが、原告の理解を誤らせる一因をなしているように窺われ、行政不服審査法における教示制度が行政救済の手続の整備充実を意図して設けられたものであることに照らすと、右係官の教示は誤教示とはいえないまでも、やや適切を欠いていたと評価されうるし、原告が取消処分についても後になされる更正処分と一体のものとして後者の異議申立期間内に異議申立をすれば足りると即断したことも、右の事情のもとではあながち責めるわけにはいかないと思われる。以上述べたような、取消処分通知書に理由附記を要求する趣旨と教示制度の存在理由にかんがみると、原告の本件取消処分についての異議申立が法定の異議申立期間経過後になされたとの理由でこれを不適法とすることは、処分者側の不手際に目を塞ぎ、納税者側に一方的に不利益を押しつける結果を招来し、はなはだ不都合であるといわなければならない。
そこで、本件において原告の取消処分に対する異議申立が法定期間経過後になされたことについては、国税通則法七六条三項にいう「やむをえない理由」ないしはこれに準ずる理由があつたと認め、異議申立を適法と解するのが相当である。
したがつて被告の本案前の主張は失当である。
三 本件取消処分および本件各更正処分等の適否について。
前示二のとおり本件取消処分には、理由不備の違法があるから右処分は取消を免れない。
そうすると原告は、第一八期以降も、青色申告の承認を受けていたことになるが、青色申告の承認を受けている法人に対する更正処分の通知書には、法人税法一三〇条二項により理由附記が要求されるところ、前示二、1のとおり本件各更正処分等の通知書には理由附記がなされていないから、本件各更正処分は違法であり、ひいてはこれにそれぞれ附随してなされた本件重加算税賦課決定処分および過少申告加算税賦課決定処分も違法であるといわねばならないこともいうまでもない。
四 原告は、本件却下決定の取消を求めるが、前示のとおり、本件取消処分が違法として取消を免れない以上、本件取消処分に対する異議申立はその対象を失うに至るから、原告は右請求につき法律上の利益を有しない。
五 以上によれば、原告の本訴請求中、本件取消処分の取消を求める部分、ならびに本件各更正処分につき、いずれも確定申告所得額を超える部分についての各取消を求める部分、およびこれらに附随してなされた本件重加算税賦課決定処分、本件過少申告加算税の賦課決定処分の各取消を求める部分は、その余の点につき判断するまでもなく理由があるから、これをいずれも認容し、その余の請求は、法律上の利益を欠くから、訴を却下することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九二条但書を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 下出義明 藤井正雄 石井彦壽)
別表
項目
第18期(円)
第19期(円)
<1>
申告所得金額
515,476
327,311
(<1>に加算すべき金額)
<2>
設計監理報酬計上もれ
<イ> 田中譲邸分
600,000
<ロ> 大阪ガスK・K塚口第二独身寮分
3,127,400
<ハ> 同 島第七社宅分
1,071,262
<3>
青色申告承認取消に伴う退職給与
引当金操入額
70,324
90,754
(<1>から減算すべき金額)
<4>
未納事業税
△ 40,180
<5>
被告主張所得金額
1,185,800
4,576,547
(<1>+<イ>+<3>)
(<1>+<ロ>+<ハ>+<3>-<4>)